どうして難事が起こるのか?

生きてると大なり小なり難事に出合う。

そう、これが人生なのだ。

いいことばっかり起きてくれないのだ😥

まあね、『いいこと』ってのは、『自分にとって都合のいいこと』だからね。

都合のいいことばっかり起こればいいのに~、と私たちは願っているノダ。

『いいこと』ばっかり起こったとする。

それって楽だけどなーーんも成長しないよね。

人間、楽ばかりしてても成長はナイ。

気付きもない。

他人の苦しみも分からない。

だから難事が来たときはこう思う。

学びだな~ってね。

それがこれまでの人生で体験しなかった大きな難事であれば、なおさらだ。

宇宙、あるいは神、天、、

が学ばせようとしているんだってね。

体験させてくれてるんだってね。

 

「無難に生きたいです」

こう願うのが人間。

私だってそう。

でもね、難事が来ちゃった時はしょうがないじゃない❓

そして普段人間は何もない時は感謝を忘れてることが多い。

難事にぶち当たった時に、感謝の気持ちを思い出すことも多い。

だから難事は悪いことではない。

自分を成長させてくれるチャンスなのだ。

人間最後はみんな死ぬのだ。

いいことも悪いことも(これも人間世界でのいい、悪いなんだけどね)経験なのだから、経験しようじゃない⁈

捉え方が変わると現実も変わるのだ🌈

がんが教えてくれたコト。

2月22日、ネコの日😸

そして卵巣がんの手術からちょうど4年。

治療は続いているが、まだ生きている。

今日は春一番が吹いた。

暖かい一日だった。

4年前の自分に教えてあげたい。

4年後も生きてるよ、と。

だってあの頃私はもうすぐ死ぬのだと思っていた。

 

毎年、春が来るたびに桜が見れた・・と感慨深く思う。

今年も見れそうだ。

有難いことだ。

 

がんになって気付いたこと。

命には限りがあるということ。

 

来年もまたお花見ができるという保証はない。

来年もまた花火大会が見れるという保証はない。

来年もまた正月を迎えらえるという保証はない。

今日生きてるからって明日生きてるとは限らない。

 

頭では、知識ではみんな知っている。

だけど、本当にはみんな知らない。

”死”というものが実際には迫っていないからだ。

いや、”死”が迫っていることにみんな気づいていないから。

命が有限なんだ・・って出来事にぶち当たると、そりゃ見える景色は変わるよ。

色が変わるよ。

今この時を大切に生きようって思うよね。

人生観が変わるよ。

死生観が変わるよ。

悪いことばかりじゃない。

心の深いところに降りていく。

味わい深い人生を体験する。

だからこの経験は無駄ではなかった。

私が幸せになるために、幸せに気づくために必要なことだった🪐